草木染めは、サスティナブルなのか?

  •  自堕落に暮らしております。

 寒がりなのと、介護が必要の母と暮らしている関係で、冷暖房はしっかり使っています。

 昔の人からしたら、考えられない無駄ですよね。

 10年くらい前だったかのテレビ番組で、地方のおばあちゃんが暮らすお宅の玄関先で、物を尋ねるシーンで、おばあちゃんが綿入れの丹前に毛糸の帽子をかぶって表れたのを見て、番組の女性アナウンサーが、家の中で防寒具を着ていることに驚いていたのが、妙に印象的だった。

 一昔前の標準が、こっちなんやけどね。

 朝ドラで、昭和初期が舞台の番組で、寒い季節に夜寝ながら悩むシーンで、浴衣を着て掛け布団を胸ぐらいまでしか被らずに、肩が出ているシーンを見て、全く反射的に「寒っ!(さぶっ!)」って、口走った私がいた。

 と、最初に言い訳をしておいて。

 

 でも、お子ちゃまの頃から、「持続可能」って、興味があったんです。

 私の子供の頃、あと20年で原油が掘り尽されて枯渇すると言われていたし、地球温暖化の話も既にあった。

 お子ちゃまの方が、何かと純粋な生き物なので、それはいけない!って、グレタさんのような事を思っていた時期もありました。

 今も、本当は、持続可能であったら良いのになあなんて思うこともある訳なのですが、その思いとは裏腹に、冷暖房がなくては音を上げる、ヘタレな変温動物のような暮らしをしているという訳なのですよ。

 で、バーナーでガスを焚いて、ガラスを溶かすことを生業としている。

 サスティナブルを言い始めると、私の生き方は、どうにも根底から崩れるのではないかという気持ちがどこかに常にあった訳なんです。

 そんなに深刻ではないですよ。

 でも、ちょっとだけ、シニカルな気持ちも込めて。

 今、ガラスを溶かしていられることは、人類の歴史のほんの短い期間の「ぜいたく」だと、振り返ったときに考えられるんじゃないのか?とか。

 

 と、話を中途半端なところに置いたまま、話題が変わるのですが。

 草木染めをやってみました。

 もともとは、ガラスアクセサリーの紐の部分ですね。

 ナチュラルだったりワイルドだったりハードだったりするものに関しては、革紐が、きれい目でエレガントなものだと、シルバーチェーンが好きなんですけど。

 シルバーが高騰して、私がガラスを始めた20年くらい前なら、リーズナブルな価格のアクセサリーに使えていたものが、すっかり高額になって使いにくくなった。

 じゃあ、丸革紐でってことで、この数年使っているんですが。

 スライダーの摩擦と汗なんかで、色が剥げてきてしまう。

 しかも表面だけ、ズルっと、黒い塗料のような色が剥げる。

 顔料系の染料ってことですね。

 何か、感覚的に嫌だったんですよね。

 でも、顔料系でベージュの革紐は、結構きれい目でエレガントなイメージ。

 それでも、常時手に入る訳ではない。

 常時手に入る「ヌメ」っていう色は、ナチュラル~ワイルドなイメージなんで、きれい目に使うのは、何か自分の中で違うな~って思っていた。

 そんな訳で、丸革紐の自作を企てたのが数年前。

 そもまま一度は棚上げになり。

 レザークラフトが楽しくて、少しやるようになり。

 すったもんだで、情報が手に入って、丸革紐自体は作れそうな気がしてきまして。

 色を染める話も、表面だけでなくて、ちゃんとしみ込んでいる感じの染になって欲しい。

 でも、人工的で派手な色の染料もまた違う気がする。

 その派手な染料を販売している会社から、天然の染料を販売しているので、それで染めてみてはどうかとレザーショップの人が提案された。

 その天然の染料の一つが「ヤシャブシ」だったという訳なのです。

 で、いきなり革からとなると、あまり一般的でないのでハードルを上げてしまう。

 そこで、染まりやすい物から染めてみることにしたという訳なのでした。

 

 そして、こないだアップした草木染だった訳なのです。

 でも、これは楽しい。

 以前から、犬の散歩でいろんなものを見つけるのが好きだった。

 ある年は、「蔓」採取に嵌った年もあったけど、籠にはならなかった。

 でも、アケビの蔓の籠、欲しいです。

 いろんな色を含んでいるあのテクスチャーがたまりません。

 最近自覚があったのですが、圧倒的に植物の採取が好きです。

 同業者でマニアックな物を作る作家さんたちには、やけに「動物」の方が好きな女子も多く、その中では、浮いた存在と言える私でした。

 水たまりを見たら、覗かないと気が済まないとか。

 新種の生き物を発見したと思って、逃がしては大変だと咄嗟に素手でアメフラシを掴んだり。

 毒があるとか、思わんかったん?って聞いたんですけど、作品と相まって、何ともいいエピソードだなあと思う私もいた。

 でも、私そんなに動物には行かないんですよね。

 他の人が飼うと言って連れてきた前の犬シロちゃんも、他の人が飼うと言って連れてきた今の犬ランちゃんも、結局、私が一番のご主人様になっていて、犬は好きらしいと気付いた訳なんだけど。

 もともとの本能に従うと、その辺がどうにも女子らしく、植物の採取の方が、圧倒的に好きなんです。

 「ヤシャブシだ!」と信じて、一生懸命地面に落ちた「ノグルミ」を採取していた訳なんですけど。

 拾うたびに、脳ミソの中に快感物質が出ているに違いないと思った。

 エンドレスに拾っていられる。

 

 「草木染め、サイコー!」

 だって、染料の方は、タダでその辺にいっぱいあるんやもん。

 相方に、媒染液というのを使う。

 これです。

 左が、スチールウール、右が銅線に穀物酢を注いだものです。

 本当は、スチールウールでなくて、その辺のハサミ職人さんが道に捨てた鉄粉が固まったものとかを採取して来たかった。

 いっぱいあるんですけど、捨ててから時間が経つと、土に埋もれてしまうのです。探してない時は、普通に見かけるんだけど。

 スチールウールは、コアグラスのコアを作るために買っていたものです。

 銅線は、ショートして焼け焦げて切れてしまった延長コードから抜き出したものです。

 わざわざ買っているのがお酢だけっていうのが、本当は良かったんだけど。

 このドロドロしているのは、シェイクしたからで、しばらくして上澄みができたら、上澄みを使います。

 

 そして、染料の元となる植物です。

 いっぱいあります。

 なんてったって、染料を販売する会社がわざわざ売っている「ヤシャブシ」が、タダで拾えます。

 それに、ヤシャブシに負けてないほどのタンニンがある「ノグルミ」は、あちこちにあって、本当に採り放題。

 もったいなくて冷凍してしまい込んでいる「クサギ」の実も、秋ごろに、頑張ったらそこそこ採れました。

 できれば、良く染まるものや、ぱっときれいな色が染まる材料が欲しいですが。

 タンニンたっぷりのノグルミの実、コーラルピンクのビワの葉、意外とはっきり黄色が染まるナンテンの葉。

 他にも、行けそうなものがいっぱいあって、見つけてあって試してみたい植物や、良く染まるというので見つけたい植物もいっぱいあるんですけど。

 ふく蔵さんの作品展もあるので、それはまた後日。

 それに、やはりよく染まる時期というのもあって、夏の日差して光合成をして葉緑素が増えて濃くなった時や、そのエネルギーを使って合成した抗酸化作用のある色素をため込むのが、秋くらいだなあと気づいたから。

 花の咲く時期に、ターゲットとなる植物を同定しておき、秋に収穫なんだわ!と、計画中です。

 

 前回は、糸を染めたんですが。

 そんなにたくさん糸がいる訳ではないんですよね。

 あ、ノグルミ染め銅媒染のリネンコットンから作った紐がこちら。

 自分で染めると、普通の黄土色も、何か愛おしいです。

 糸6本だと少し太めなので、4本でも良いな。

 ただ、染めることを目的とすると、仕上がり品のスカーフなどの白いのが販売されているので、そっちの方がハードルが下がって良いと思います。

 そんな訳で、スカーフなんかを買いました。

 一つ気になって買ったのが、「竹100%のストール」です。

 竹100%!

 それなのに、手触りのやさしさは、ほぼ綿と変わりません。

 どのくらいの工数で出来上がるのかにもよるのですが、竹でできるなら、日本には放置されて伸び放題の竹林がいっぱいありそうな気がします。

 良いなあ。

 綿素材が奪い合いになって日本に入って来る時に高騰してしまったら、竹林で竹を取って、こんなに心地よい生地が作れたら、ステキやん。

 サスティナブルや。

 

 でも、染めながら考えていた。

 でも、意外と草木染は、エコでもエシカルでもないなあって。

 というのは、圧倒的に「水」がたくさん要るからです。

 染料で染めて、色止めに銅媒染や鉄媒染をしようとすると、染料の繊維には染まってなくて浮遊している物、しみこんでいるだけのものを極力除いてやる方が良いのです。

 なぜなら、媒染液の中に浮遊している金属イオンが、効率よく繊維自体に、化学反応で化合しているところに結びつくのが一番無駄がないのですが、結びつかずに浮遊しているものがいっぱい残っていると、金属イオンがそっちと化合してしまって無駄になるからです。

 なので、執念深く洗いたくなる。

 お水が勿体ない。

 なるほど、京都では、反物を洗う作業を川の流れで洗っている。

 水の豊富な日本でも、川の水を使っていた。

 そりゃ、輸入物のリーズナブルな衣類や籠バッグなどから、色落ちがするのは当然やなって、染めながら考えていた。

 途上国は、水資源が少ない国もたくさんあって、そんなに水を無駄使いできないんやな。

 色落ちをしない技術がないのではなくて、そこまで丹念に洗ってられないという訳や。

 最後の洗いは、水の豊富な日本で消費者が買ってから、自力でやってくれって言うことなんやなあって、気づいていしまった。

 これが、工業的な染色になって来ると、返って、水を効率的に使う仕組みを作ってあるかもしれない。

 だったら、工業的な染色の方が、むしろサスティナブルと言える気がする。

 

 きっと、草木染にハマって、がっさがさと、「安物」を量産するのは、きっと違うんや。

 個人ができる効率化なんて、所詮は知れている。

 ならば、私が草木染で染める意義って、何なんやろう?

 結局、植物からいただく色を楽しみつつ、一つ一つ、手間のかかる作業として仕上げていくのでないと、残念な結果になる気がした。

 草木染もまた、楽しみつつ、絞り染めとか、自分なりにやってみたかった手間をかけて、いとおしんで作って行った方がきっと良いんやな。

 そんなことを考えていた。

 

 あ、ついでに、革の色の話なんですけどね。

 一昨年の姫路の皮革まつりで、マニアックな革メーカーのお兄さんとお話をする機会があった。

 金曜だったかに母と行ったときは、同時開催のお菓子祭りでおかきを買ったりなんかして。

 もうちょっと欲しくて出かけた日曜だったかに。

 革メーカーの技術担当って仰ってたんですが。

 この頃の革の多くが「厚化粧」だと仰っていた。

 その話が、私が感覚的に嫌だった革紐のズルっと剥げる顔料系の色に結びついていくわけです。

 何故厚化粧かというと、革というのは本来の原料が、牛さんなどの動物の皮膚な訳です。

 若かったり年老いたり、柔らかかったり固かったり、色味や質感など、個性とばらつきが当然ある訳ですが。

 工業的に製品を作ろうとするとどうなるか?

 仮に、これがおブランドのバッグであったとしても、量産することで効率化して利幅を最大にしたい訳です。

 つまり、バラツキがなく、原価を下げられる材料を求められる。

 品質がそこそこの革に、べったりと不透明色の塗装をしてしまうことで、品質をそろえている。

 色番を作って、そこから振らないように作る事には目的がある。

 誰が担当になっても、おおよそストライクな物を作れるっていうこと。

 例えば、本当の魅力ってどこなんだろうって考えると、革ごとの個性だったり、えも言われぬ味のあるテクスチャーだったりする訳ですよ。

 蔓バックでも、蔓の個性があって、蔓の端から端まで一緒の色ではないし、生育時期や環境や日当たりによって色味が振るその個性が魅力だったりする訳で。

 牛さんに関しても、素材の個性こそが本当の魅力なんだけど、均質でないものを、「これで良い」という決断をする裁量を持った人をあまり作らないのが現代なんですよね。

 リーズナブルなものを求めると、均質にすることで効率化して価格を下げてくるわけなので、どうしてもそれが限界。

 私の中にあった、ズルっと剥げて来ることへの不満も、結局、同じところに行きつくことに気付いてしまった。

 あ、試作品の革紐の画像です。

 多分、まだ今年のふく蔵さんには間に合いません。

 表面ではなくて、色はちゃんと染まっています。

 まだ、表面にワックス加工がされていません。

 

 さて。

 話はさらに変わって。

 ガスをバンバン燃やして、ガラスを溶かすことなんですけど。

 私が使っているのはプロパンガス。

 機種によっては、メタンガスや、ブタンガスだったりします。

 化石燃料です。

 もう、時代に合わないんじゃないか?とも思われる訳なんですけど。

 実は、メタンガスは、化石燃料でなくても生成しているそうです。

 牛さんのゲップとかね。

 太陽光で植物が光合成をして、出来上がった有機物を細菌類が分解すると、メタンが出来上がります。

 ああ、希望が見えてきた。

 二酸化炭素排出の収支があっていれば。

 この先も、メタンガスを燃やして、ガラス工芸を続けて行けるかもしれない。

 ただ、これもまた、もしかして、ガッサガサと安物を作ろうっていうのは、きっと違うんだろうな。

 

 ガラスのお仕事を始めたばかりの頃。

 沖縄の「鍵石」というお店でメインに販売をしていました。

 覆面作家で、名前は出していたものの、兵庫県民であることは敢えて言わなかった。

 そして、効率的に、リーズナブルでありながら、まだこの世にないガラスアクセサリーをせっせと作っていた。

 今、手作り市や販売サイトで良く売られている、直方体型のアクセサリーの原型みたいなのは、あの頃なくて、私が作り始めたと思っているし、それで間違いないと思います。

 何故直方体だったのか?

 一斉に並べて、何十個分を、20センチ角くらいに焼き上げて、宝石用小割切断機という機械で水冷しながら、直方体にカットし、離型シートを細長く切って挟んで作った下穴を、ドリルで開けなおし、おおざっぱに磨いて面取りして、ファイヤーポリッシュで仕上げる。

 直方体は、効率化をそのまま意味していたんです。

 今、そういう意識があってかなくてか、直方体に横穴の開いたタイプのものをまだ見かけるけど。

 その形が、必然的なデザインと結びついてなくて、何となく継続して作られているとしたら、それはすでに一昔前の形だっていうことになる。

 大切に一つ一つ作ったときの形。

 手作りする意味は、まさにそこにあるんじゃないのかな?

 20年以上を経て、そんなことを考えるこの頃です。

 

 あの頃は、サスティナブルやエシカルという言葉は、まだ言われていなかったけど。

 ああ、時代が変わったなと思うと同時に、次の時代が見えている気がします。

 きっと悪い時代じゃない。

 竹の優しい生地に草木染をした優しいお洋服を着る時代が来たら、きっと素敵だ。

 何となく、そういう物に向かって、一つ一つ大事に作って行くのも良いなあと思うこの頃だったりするのです。

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